snow peak glamping I・K・U Aoyama I・K・U Aoyama
サポーター

サポーター

I・K・Uに協力して下さる、さまざまな外部サポーターの方々です。

I・K・Uに協力して下さる、さまざまな外部サポーターの方々です。

新保 吉伸

新保 吉伸

近江牛専門店 サカエヤ

村田さんとの出会いは、MIIKU(日本味育協会。「おいしさ」をキーワードに、「味覚」を育てる事を通して、未来ある子供達の心と体の健康を守る事を目的とした団体)。

村田さんの第1印象は、「根っこ、軸は真面目。それを沢山の遊びの要素が取り巻いている。」

村田さんのI・K・Uに対する想いは、すごく強い。

村田さんの想いと、スタッフ全員の想いに統合性が取れて、全員が一気通貫してI・K・Uをやっていってほしいと思います。

出来れば、全員産地に来てほしい。
僕は、生産者の方に、どんな人が料理を作っているのか知ってほしいし、料理人の方にも、生産者の生活を知ってほしい。
お肉をちょっとでも美味しく調理する、その初めの一歩をやっているのは、生産者の方ですから。

野菜、魚、肉。色んな食材があるけど、全部顔が見えなくてはいけないと思うんです。
どうして美味しいのか解らなくて、僕は美味しさの秘密を探りに行く。そして最終的に行き着いた場所(産地)では、必ず愛を持ってやっている。

生産者の想いとお肉を一緒に料理してくれるシェフは少ないんです。
レストランに行っても、数字が見えるお皿が多い。
そういう料理は作って欲しくないから。

僕は、会った事の無いシェフに、肉は卸さない。
この人に料理してほしいなと思う人としか、取引しないんです。

同じ肉でも、I・K・U青山用のは、あて方を変えています。
一般に出回っている肉は、骨が無い状態。だからすぐに酸化して腐っていくんですが、僕は、オーダーが入ってから脱骨します。
I・K・U青山好みの肉を選んで、そこから脱骨して送る。
うちが出来る精一杯をやっています。

辻村 久信

辻村 久信

インテリア ムーンバランス

村田さんとの出会いは 、今からもう20年前のこと。
新築のマンションを購入され、その内装をすべて改装したことがご縁の始まりです。
そのときも、インテリアデザイン というより、まるで家全体をシステマチックな家具のように自由にデザインを作っていきましたから、楽しい思い出になりました。

「次はレストランをお願いしたい」と1年ほど前に聞いたときにはワクワクしました 。
聞いてみれば、やりたいことは “食のセレクトショップ”。
身にも社会にも環境にも良いものを、世に送り出していきたいという村田さんの志、ストーリーに惹かれました。

食のセレクトショップ、その言葉に いくつかの仕事で経験してきたブレイクスルーの予感もしています。
例えば、90年代半ばに 茶房しかなかった世の中に“和カフェ”を提案したり、 割烹と呼 れる業態にキッチンを客席から見せるようにアレンジした“ダイニング・レストラン”を提案したり。
長年、内装デ ザインに関わる中でブレイクスルーする瞬間を見てきました。
時間が経ってみると、和カフェの原点はあのお店だとか、ダイニング・レストランの走りはここだとか、定着してから人は原点を知るわけですが、IKUもその一つになれるといいなあと。
つまり、オープン後、様々なお客さんが訪れ、世間にI・K・U青山のような“食のセレクトショップ”が増えたときに「こういうお店って、 原点はI・K・U青山だよ 」と言われる日が来たらうれしいなと 思うんです。
これはレストランなのか、邸宅なのかに関わらず言えることですが、一人のデザイナーができることは限られています。
大きなシャンデリアを付ければかっこよくなるわけではないし、そもそもお客様は装飾ばかりに目がいくわけではないんです。
でも、もしここにグラスを置けば、よけて歩くでしょう? 1本の線を引けば 、まっすぐ歩けたり、線の内側を歩いたり人の流れを変えられます。

山井 太

山井 太

アウトドア用品 スノーピーク

村田さんとの出会いは、共通の知人から「合うんじゃないか?」と紹介されて。

会ったら本当に気が合いました。

村田さんには、スノーピークの取締役をやってもらっています。

彼はうちの役員になるまでキャンプをした事が無かったのに、今ではかなりのアウトドアパーソン。

僕自身は、「野遊びオヤヂ」で、毎週末キャンプに行きます。
基本点に2泊以上で、ベースキャンプを見つけて、フライフィッシングと、ダッチオーブンで手の込んだ料理。
東京という都市にいるだけでストレスに感じているから、色んな意味で人間性の回復の為に。

キャンプに行くと、川の音や太陽などの自然の魅力で、リラックスできます。
スマホもPCも無い環境。
一緒にテントを建てて、料理を作ってと、日常生活が自然に共同作業になる。

若林 剛之

若林 剛之

服飾 SOUSOU

最初、お会いした時のこと。シャツのボタンが随分空いているし、いただいた名刺の社名には「村田作戦」。
 これは怪しい!
 そんなところから話が始まりました。元ガリバーの副社長をしていらしたり、業態にこだわらずに経営の根本を見てきたりと経験豊富な方なのだとだんだんと理解していったんです。すると、共通点が見えてきました。

 私は地元の京都でセレクトショップを経営していました。輸入ファッションのインポートで話題になり、繁盛もしました。でも、ある日ふと、“嘘っぽい”と思うようになったんです。外国の流行ありきで商売しているのは、クリエイター気取りでいられても自分では何も作れていないのではないかと。

 それに、日本の方が深い文化を持っている面も多いと思ったんです。そこで、2002年に「SOUSOU」を設立して、日本の物作りへと180度、方向転換をしました。
 そこから、思うままにやってきました。いい!、楽しい!、とその時思ったことを、その時にやるしかないと思うんです。着物ということにしても、お茶を飲めるスペースにしても、うちはオリジナルのスタイルですから、本格的なものとは違います。本家本元の文化は、そちらにお任せしながら、私たちはオリジナルを作りたかった。何より、日本にはいいものがたくさんあるのに、私たち日本人さえ躊躇してしまいがちなしきたりがあって、ハードルが高い。もっと自由に楽しんでいいんじゃないかと思っていたんです。うちの着物がきっかけで、着物を着たいと思ってくれる人が増えたら、それでいいんじゃないかって。

 ファストファッションの世代に、うちの商品は決しておトクには見えないでしょう。でも、日本の伝統的な産地の木綿を使い、ハンドプリントして、国産で縫ったら…どう考えてもこの金額にはなってしまう。適正な価格で、いいものを作っていきたい。そこが村田さんと考え方が一緒だったんですね。例えば、三重県の伝統工芸品である「伊勢木綿」。以前は100軒ほど連なっていましたが、今は一軒しか残っていません。うちはそこと取引させてもらっていますが、伊勢木綿を守っていく取り組みに、結果としてなっていると思います。伝統ある、肌触りのいいものを、自信を持って使っていくことが大切だと思います。
 村田さんなら、いい野菜ほど、売る場所が限られているから、それをI・K・U青山から発信したいというのは、うちのやっていることと業態違えど同じだと思うんです。

具体的にお手伝いしているのはユニフォーム。また、今後作っていく商品のパッケージなどをデザインしています。でもね、うちはそもそも“何屋”だって決めてない。質のいいものを、丁寧に世の中に広げていく。

松井 忠三

松井 忠三

経営アドバイザー

 私とI・K・U青山のオーナー村田さんは、企業で経営側に立ってきた立場が長い。もともと交流があったのも、日本の流通サービスの競争力向上のために作られたプロジェクトの会合でしたから、経営についてはお互いプロとして彼と話をしてきました。このI・K・U青山のオープンに伴い、私たちは“レストランオーナー仲間”としても付き合っていくことになりました。

 レストランとは「夢」。私もいつかミシュランの3つ星を取れるレストランを作りたいと2011年に従業員10人ほどの、そんなに大規模ではないレストランを立ち上げました。しかし、オープンは東日本大震災の直後でしたから、しばらく赤字経営が続く苦しい時期を経験。何より、私は大手スーパー西友に入社し、その後、1992年に無印良品へ異動。同社初の減益を出した直後の2001年に社長に就任し、経営の立て直しを行った経歴を持っていますが、たった10人の会社の経営は初めてだったのです。きっと、これから村田さんも、その規模による経営手法の違いにぶつかるでしょう。その時に、私の経験もお話ししながら、I・K・U青山の成長を助けていきたいと思っています。